ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 歴史 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年4月22日水曜日

夫婦橋(大阪市北区天神橋)

 日本一長い商店街といわれる天神橋筋商店街。その真ん中あたりに夫婦橋がある。

 橋と名がついているが、現在はいわゆる橋ではない。昔は川を渡る橋だったようだ。

 人通りも多く、かつ名前からして何かの名所になってもよさげなのだが、そのような様子が無い。

 なぜ?と思えば、

地蔵尊があることに気がついた。

 近くの由来の説明文によると


 3年で変えると約束した夫が、3年過ぎても戻らず失意の妻が入水

 その後戻った夫が妻の死を知り後を追ったと・・・。

 悲しい物語があったわけだ。

 

2015年4月21日火曜日

東海道は五十七次である

 東海道五十三次という歌川広重の浮世絵があるも、私は東海道が五十七次という説を支持する。

 この説を知ったのは25年以上も前だ。

 枚方市の歴史に詳しい中島三佳先生(当時大阪府下の中学校で社会科の教師をされていた)が著書を発表された。


2015年4月20日月曜日

一年ぶりの和歌山

 一年ぶりの和歌山。

 滞在時間は30分程度。

 契約書を交わし、軽い挨拶をして終了。

 歴史的なもの幾つかを見てわまりたかったがあいにくの雨に加えて、戻りやるべき仕事があるため断念。


 そんな中でも気になったものを。

 和歌山城の北西、空き地というか公園がある。そこそこの広さだ。
 そこに立てられていたのがこれ。
 朝比奈惣左衛門の屋敷跡とのこと。
 この朝比奈氏は紀州藩で3千石を賜った重臣とのことだ。
 今川家に朝比奈という姓の家臣がいたという記憶がある。徳川家康公は若い頃今川家に人質として入っていたと記憶している。
 この朝比奈氏が、かかる朝比奈の流れを継承する者であり、何らかの縁で徳川の家臣となり、ここに至るのだろうか?
 そして同所にかつて和歌山県庁があったとのこと。県庁の敷地としてはやや狭い感じを受けたので、隣接する国土交通省近畿地方整備局和歌山河川国道事務所もその敷地だったのではないだろうか?同事務所の建物は比較的新しい。


 勝海舟の寓居地との標。
 仮住まいとして和歌山にいたということか・・・。
 明治維新前?後?


 時間があれば入館したかった、和歌山城。
 徳川吉宗を輩出した紀州の城。
 もう少し早ければ、桜も綺麗だったのではないか?
 本当に、時間に余裕がなくて、もう少し近くで見たがったが残念。
 紀州の殿様。ドラマでは、三田村邦彦さんが徳川治貞を演じていたものが記憶に残っている。